日本シリーズ記念・近鉄日記
◇今、忘れさられようとしている「近鉄バファローズ」今でも自分は近鉄ファンです。ブログ移籍記念に、過去の日記をふりかえります。
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2004年08月18日
| 「合併絶対反対!!! 」 |
断固として絶対反対。仮にそうなったとしても、そんな(近鉄)ファンを無視した横暴をしたやつと、その仲間が運営しているチームの応援なぞできるか!!ファンがいなくなって思い知ればいいんだ。でも応援してしまう人もいるだろうな・・。それはそれで、仕方がありません、責めませんよ。
「オリックス・バファローズ」だって?
俺は「オリックス・バッキャローズ」または
「オリックス・バカヤローズ」と呼んでやる!!!!
あと、「1リーグ制反対」と「合併反対」は全然意味が違うんで。1リーグになったって合併しなかったチームは今までどおりでしょ?近鉄はチームが無くなるんです!合併問題を飛ばして1リーグ制を論じないでください!
「オリックス・バファローズ」だって?
俺は「オリックス・バッキャローズ」または
「オリックス・バカヤローズ」と呼んでやる!!!!
あと、「1リーグ制反対」と「合併反対」は全然意味が違うんで。1リーグになったって合併しなかったチームは今までどおりでしょ?近鉄はチームが無くなるんです!合併問題を飛ばして1リーグ制を論じないでください!
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しかしこんな叫びもむなしく・・・・↓
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2004年09月08日
| 「終戦・・・・か・・・? 」 |
近鉄とオリックスの合併が正式に承認された・・・・。しかし、まだあきらめたくない!ストを支持するしか自分にはできない・・・。
いつも世の中は上の権威や金を持ったやつらの都合で下のもんが痛い目に遭う。野球なんかすきでもないやつらのせいで野球ファンの庶民が悲しい目に遭う。
普通のスポーツファン、野球ファンは「残念」程度で終わるかもしれない。
でも私は<近鉄ファン>だ!
子供の頃から応援し続けていたもの、別の言い方で言えばライフワークであり趣味であるものを一方的に取り上げられるのだ!
・・・・う~ん、腹立ってきた。
泣くのはまだ早い。
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いつも世の中は上の権威や金を持ったやつらの都合で下のもんが痛い目に遭う。野球なんかすきでもないやつらのせいで野球ファンの庶民が悲しい目に遭う。
普通のスポーツファン、野球ファンは「残念」程度で終わるかもしれない。
でも私は<近鉄ファン>だ!
子供の頃から応援し続けていたもの、別の言い方で言えばライフワークであり趣味であるものを一方的に取り上げられるのだ!
・・・・う~ん、腹立ってきた。
泣くのはまだ早い。
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でもなすすべなく・・・・↓
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2004年09月16日
| 「関東最終戦 」 |
千葉ロッテ戦、千葉マリンに行って見てきました。
2-0、山本省吾の力投と益田のホームランで勝ちました。
今後どうなるかわかりませんが、ノリや磯部や水口らナインのプレーをじっくり見ておきました。
来年も、みたいです・・。
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2-0、山本省吾の力投と益田のホームランで勝ちました。
今後どうなるかわかりませんが、ノリや磯部や水口らナインのプレーをじっくり見ておきました。
来年も、みたいです・・。
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これで近鉄は消滅・・・・↓
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2004年09月24日
| 「近鉄追悼コラム1」 |
【終わりの日】
<9月23日>
近鉄とオリックスの合併が正式に決定・・いや、選手会が合併について断念しました。
磯部選手会長からの、涙を浮かべ、言葉をつまらせながらの謝罪の言葉に私もなんとも言えない
気持ちになりました。
<9月24日>
合併後の正式名称が「オリックス・バファローズ」、フランチャイズが大阪ドームと発表される。
しかし、今現在、この合併球団は応援したくないという形です。
それはファン、選手の気持ちを無視し、勝手に一方的に合併をした人間の支配下にあるチームだからです。
そして大阪ドームでの最終戦。
見事な延長サヨナラ勝ちで、「ミラクル」球団としての意地、というのか、特徴、というのか、
近鉄らしい地元最終戦でした。
選手、関係者とともに私も涙しました・・・・。
近鉄バファローズは「ミラクル」という冠をつけるにふさわしいチームでした。
そして「いてまえ打線」と言われるように、強力打線で、打線重視というかわかりやすい豪快な野球が大好きでした。
おっさん達の、大阪らしい、男くさい、男っぽい、荒くれ者の、実に面白く、凄く強いという訳ではありませんがいいチームでした。
<思い出のゲーム(私の観ていた試合)>
・88年、伝説の10・19ダブルヘッダー。生中継を興奮して観戦、これを機に本格的に近鉄ファンになりました。
・89年のダブルヘッダーはブライアント4連発で2勝
・史上まれにみる混戦を制した89年(ちなみに87年6位、88年2位で89年優勝)
・89年日本シリーズは3連勝後4連敗
(この話で必ず言われる加藤哲郎の発言は「巨人はロッテより弱い」とは言っていません。
「シーズン中のほうがよっぽど辛かった」というような発言をマスコミが意訳したのです。)
・1994年、13連勝をする
(最大16ゲーム差をつけられながらその後38試合で32勝6敗の成績で首位に浮上しました。)
・年月日は忘れましたが西武に23-0で負けたり、日ハムにも20点差以上つけられて負けた事がありました。
・2001年9月24日、4-6で迎えた9回裏、北川がソロ、そしてノリが西武松坂から逆転サヨナラ2ラン。
過去、もっともかっこいい試合だと思います。
・同9月26日、2-5で迎えた9回裏、北川が代打逆転サヨナラ満塁ホームランで優勝。
TV中継がないのでラジオで聞いて、仰天しました。
・2001年日本シリーズ、1勝4敗で敗戦。神宮球場でその悔しさを味わいました。
・・・そして、過去唯一、日本一になった事の無い球団でした。
近鉄は、数々の素晴らしい、上手いだけではない、味のある「いい」選手を
<選手たち(私の観ていた選手)>
・中日の2軍からトレードで来て、そのアッパーフルスイングで4連発や東京ドームのスピーカーに当てたラルフ・ブライアント
・元ボクサーで乱闘の場面でそのパンチを炸裂させたリベラ。
・不動の4番、昔の野武士軍団を思わせる石井浩朗。
・いかにも近鉄といった風貌、緊急でキャッチャーをした事もある金村義明。
・小柄な盗塁王、大石大二郎。
・近鉄最大のスター、トルネードの時にカメラのフラッシュが凄かった野茂英雄。
・私が一番好きだった、当時プロ野球界で最もヒットを打つのが上手かった
(ショートの上をスライスしながら越えていくヒットは絶品)新井宏昌。
・まさにも「猛牛」というような熱血外人、トレーバー。
・史上最高のストッパー、赤堀元之。
・チームとともに今年亡くなった名ライト、鈴木貴久。
・中村紀洋のいとこ、村上隆行。
・私と同じ誕生日の山崎慎太郎。
・バッティングセンターのバイトをしながら、諦めずにプロに戻って来た男、カズ山本(登録名)。
・「マジシャン」と呼ばれ野茂のフォームを矯正させなかった仰木監督。
・こんにゃく打法、2001年優勝の梨田監督。
・入団していきなり開幕投手に指名され、来日初登板が開幕戦で負けたウォルコット。
・開幕投手に指名されながら1回の5点取られたり、いつも初回に大量点をとられる門倉。
・史上最強の助っ人、ホームラン王、タフィ・ローズ。
・サヨナラ男で、代打逆転サヨナラ満塁アーチで優勝を決めた北川博敏。
・ブライアントのフルスイングを引き継ぎ、日本を代表するホームランバッター見事なリストの使い手、中村紀洋。
・キャッチャーから転向し、チャンスに強いバッティングで優勝に貢献し、選手会長として最後まで戦った磯辺公一(同じ年齢)。
合併が正式になった以上、「近鉄バファローズ」はなくなります。
「バファローズ」の名前を残そうが、大阪ドームを本拠地にしようが(本来、藤井寺や日生球場ですし)、
「近鉄バファローズ」は終わりなのです。
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<9月23日>
近鉄とオリックスの合併が正式に決定・・いや、選手会が合併について断念しました。
磯部選手会長からの、涙を浮かべ、言葉をつまらせながらの謝罪の言葉に私もなんとも言えない
気持ちになりました。
<9月24日>
合併後の正式名称が「オリックス・バファローズ」、フランチャイズが大阪ドームと発表される。
しかし、今現在、この合併球団は応援したくないという形です。
それはファン、選手の気持ちを無視し、勝手に一方的に合併をした人間の支配下にあるチームだからです。
そして大阪ドームでの最終戦。
見事な延長サヨナラ勝ちで、「ミラクル」球団としての意地、というのか、特徴、というのか、
近鉄らしい地元最終戦でした。
選手、関係者とともに私も涙しました・・・・。
近鉄バファローズは「ミラクル」という冠をつけるにふさわしいチームでした。
そして「いてまえ打線」と言われるように、強力打線で、打線重視というかわかりやすい豪快な野球が大好きでした。
おっさん達の、大阪らしい、男くさい、男っぽい、荒くれ者の、実に面白く、凄く強いという訳ではありませんがいいチームでした。
<思い出のゲーム(私の観ていた試合)>
・88年、伝説の10・19ダブルヘッダー。生中継を興奮して観戦、これを機に本格的に近鉄ファンになりました。
・89年のダブルヘッダーはブライアント4連発で2勝
・史上まれにみる混戦を制した89年(ちなみに87年6位、88年2位で89年優勝)
・89年日本シリーズは3連勝後4連敗
(この話で必ず言われる加藤哲郎の発言は「巨人はロッテより弱い」とは言っていません。
「シーズン中のほうがよっぽど辛かった」というような発言をマスコミが意訳したのです。)
・1994年、13連勝をする
(最大16ゲーム差をつけられながらその後38試合で32勝6敗の成績で首位に浮上しました。)
・年月日は忘れましたが西武に23-0で負けたり、日ハムにも20点差以上つけられて負けた事がありました。
・2001年9月24日、4-6で迎えた9回裏、北川がソロ、そしてノリが西武松坂から逆転サヨナラ2ラン。
過去、もっともかっこいい試合だと思います。
・同9月26日、2-5で迎えた9回裏、北川が代打逆転サヨナラ満塁ホームランで優勝。
TV中継がないのでラジオで聞いて、仰天しました。
・2001年日本シリーズ、1勝4敗で敗戦。神宮球場でその悔しさを味わいました。
・・・そして、過去唯一、日本一になった事の無い球団でした。
近鉄は、数々の素晴らしい、上手いだけではない、味のある「いい」選手を
<選手たち(私の観ていた選手)>
・中日の2軍からトレードで来て、そのアッパーフルスイングで4連発や東京ドームのスピーカーに当てたラルフ・ブライアント
・元ボクサーで乱闘の場面でそのパンチを炸裂させたリベラ。
・不動の4番、昔の野武士軍団を思わせる石井浩朗。
・いかにも近鉄といった風貌、緊急でキャッチャーをした事もある金村義明。
・小柄な盗塁王、大石大二郎。
・近鉄最大のスター、トルネードの時にカメラのフラッシュが凄かった野茂英雄。
・私が一番好きだった、当時プロ野球界で最もヒットを打つのが上手かった
(ショートの上をスライスしながら越えていくヒットは絶品)新井宏昌。
・まさにも「猛牛」というような熱血外人、トレーバー。
・史上最高のストッパー、赤堀元之。
・チームとともに今年亡くなった名ライト、鈴木貴久。
・中村紀洋のいとこ、村上隆行。
・私と同じ誕生日の山崎慎太郎。
・バッティングセンターのバイトをしながら、諦めずにプロに戻って来た男、カズ山本(登録名)。
・「マジシャン」と呼ばれ野茂のフォームを矯正させなかった仰木監督。
・こんにゃく打法、2001年優勝の梨田監督。
・入団していきなり開幕投手に指名され、来日初登板が開幕戦で負けたウォルコット。
・開幕投手に指名されながら1回の5点取られたり、いつも初回に大量点をとられる門倉。
・史上最強の助っ人、ホームラン王、タフィ・ローズ。
・サヨナラ男で、代打逆転サヨナラ満塁アーチで優勝を決めた北川博敏。
・ブライアントのフルスイングを引き継ぎ、日本を代表するホームランバッター見事なリストの使い手、中村紀洋。
・キャッチャーから転向し、チャンスに強いバッティングで優勝に貢献し、選手会長として最後まで戦った磯辺公一(同じ年齢)。
合併が正式になった以上、「近鉄バファローズ」はなくなります。
「バファローズ」の名前を残そうが、大阪ドームを本拠地にしようが(本来、藤井寺や日生球場ですし)、
「近鉄バファローズ」は終わりなのです。
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泣けますね・・・・さらに↓
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2004年09月28日
| 「近鉄追悼コラム2 」 |
『大エンディング』
ついに終わりました。
近鉄バファローズはこれにて終了しました。
思えば長い長いドラマ(ドキュメント)でした。
まだ若い私ですが、私が体験しただけでも1988~2004年の16年の長いドラマを観ました。
「残念」
「悔しい」
「悲しい」
というような気持ちはもちろんありますし、散々言ってきましたが、ここではあえて違う考え方を。
こんな凄いスポーツドラマ(ドキュメント)はありません!
江夏の21球10・19や3連勝4連敗のシリーズ、代打逆転満塁サヨナラ優勝などなど、有名なことだけ挙げても色々。そして今の合併問題⇒スト⇒消滅のエンディング。
不幸なエンディングではありましたがこれほど盛り上がって終わるチームは野球以外をみてもほとんど(サッカーの横浜フリューゲルスくらい)しかありません。
試合は大勝か大負け、ミラクル優勝かダントツ最下位か万年Bクラス、という近鉄らしい終わり方かな、と(今はまだ悔しいので)むりやり思うようにしてます・・
「近鉄バファローズ」は青春でした。
「近鉄バファローズ」は最高の映画でした。
「近鉄バファローズ」・・・・・・・・・・・・・・・終了。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【記事・スポニチ】
http://www.sponichi.co.jp/baseball/kiji/2004/09/28/01.html
【近2-7オ】さらば、猛牛たちよ。近鉄がヤフーBBスタジアムで行われたパ・リーグ今季最終戦に臨み、オリックスとともにチームの歴史にピリオドを打った。試合は序盤から5本のアーチが飛び交い、オリックスが7―2で快勝。最後は近鉄・梨田昌孝監督(51)の胴上げでフィナーレを迎えた両チームは、来季は「オリックス・バファローズ」として1つのチームで新たに船出する。
美しい舞いだった。梨田監督の体が神戸の夜空に5度、浮かび上がる。敵地では異例ともいえる胴上げ。だが、敵も味方もない。ヤフーBBスタジアムを埋めた2万9000人が、近鉄最後の日に心から拍手を送った。
「急にオレを囲むから、どつかれると思った。あの間はさすがに目頭が熱くなった。あの胴上げが本当に日本一の舞いならよかったんだけどね」
元近鉄の吉井、大島も加わった胴上げに梨田監督は声を震わせた。3度、宙に舞った選手会長の礒部も「近鉄はいいチーム。ああやって吉井さんたちが胴上げに入ってくれるチームカラーだったんですから」と話した。今季のパ・リーグ最終戦は、くしくも合併する近鉄とオリックスの試合。雨も上がり、大勢のファンが詰め掛け、普段とは違う雰囲気に包まれた。
「オリックスと最後にやるのは因縁なのかな。今年は命名権売却に始まり、鈴木コーチが亡くなったり、ストがあったり、本当にいろんなことがあった。選手は複雑だと思うが、ファンに感謝の気持ちを込めて素晴らしいプレーを見せたい」
71年のドラフトで2位指名を受けてから近鉄一筋。大阪ドーム最終戦の24日の西武戦では、涙を浮かべた指揮官も笑顔の采配に徹した。胸に「OSAKA」と入った黒いビジター用ユニホームを着た中村が、岩隈が、誰もが特別な気持ちだった。二回に鷹野が左翼席に先制弾を運ぶ。四回には北川も左越えソロ。敗れはしたが、いてまえ打線の意地と誇りを見せた。
2リーグ分立の50年にパ・リーグに加入。優勝争いに絡めずに「リーグのお荷物」と酷評された時期もあった。だが、野性的な選手をそろえ、豪快な野球は多くのファンの心をつかんだ。18歳の四番の土井正博がいた。草魂・鈴木啓示が投げた。酒豪の首位打者・永淵洋三にメジャー挑戦の道を開いた野茂英雄…。そして、今も語り継がれる88年の「10・19」。パ・リーグ発足から唯一、経営母体が変わらなかった老舗球団も時代の波には逆らえなかった。
試合後、梨田監督はロッカールームでナインを前に言った。「1年でも長くユニホームを着られるように頑張ってくれ」。4度のリーグ優勝はあったが、1度も日本一になることなく、55年の歴史が幕を閉じた。試合後はオリックスのナインと涙と感謝の抱擁が続いた。その光景は、再編問題に揺れた04年を象徴しているようでもあった。
≪青波有終快勝≫“ブルーウェーブ”としての最終戦は、3年連続最下位と今季も最悪のシーズンだったことをつかの間でも忘れさせるような快勝。試合後に胴上げされた伊原監督は「打つべきところで打ち、守るべきところで守ってくれた」と満足げ。この日は長くチームを支えてきた大島、三輪らのベテランも出場。第2打席で二塁打を放った大島は「今年1番の当たりだった。きょうがこのユニホームを着てプレーする最後。終わってしまったという感じ」と目に涙をためていた。
<仰木氏感慨深げ>オリックスと近鉄の統合後の新球団オリックス・バファローズの監督就任を要請されている仰木彬氏(69)がオリックス―近鉄をテレビ局のブースで観戦。かつて指揮を執った両軍の最後の試合に「静かに見守るつもりだったけど、だんだん胸に込み上げてくるものがあった」と感慨深げで、就任要請については受諾する意向をあらためて示していた。
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ついに終わりました。
近鉄バファローズはこれにて終了しました。
思えば長い長いドラマ(ドキュメント)でした。
まだ若い私ですが、私が体験しただけでも1988~2004年の16年の長いドラマを観ました。
「残念」
「悔しい」
「悲しい」
というような気持ちはもちろんありますし、散々言ってきましたが、ここではあえて違う考え方を。
こんな凄いスポーツドラマ(ドキュメント)はありません!
江夏の21球10・19や3連勝4連敗のシリーズ、代打逆転満塁サヨナラ優勝などなど、有名なことだけ挙げても色々。そして今の合併問題⇒スト⇒消滅のエンディング。
不幸なエンディングではありましたがこれほど盛り上がって終わるチームは野球以外をみてもほとんど(サッカーの横浜フリューゲルスくらい)しかありません。
試合は大勝か大負け、ミラクル優勝かダントツ最下位か万年Bクラス、という近鉄らしい終わり方かな、と(今はまだ悔しいので)むりやり思うようにしてます・・
「近鉄バファローズ」は青春でした。
「近鉄バファローズ」は最高の映画でした。
「近鉄バファローズ」・・・・・・・・・・・・・・・終了。
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【記事・スポニチ】
http://www.sponichi.co.jp/baseball/kiji/2004/09/28/01.html
【近2-7オ】さらば、猛牛たちよ。近鉄がヤフーBBスタジアムで行われたパ・リーグ今季最終戦に臨み、オリックスとともにチームの歴史にピリオドを打った。試合は序盤から5本のアーチが飛び交い、オリックスが7―2で快勝。最後は近鉄・梨田昌孝監督(51)の胴上げでフィナーレを迎えた両チームは、来季は「オリックス・バファローズ」として1つのチームで新たに船出する。
美しい舞いだった。梨田監督の体が神戸の夜空に5度、浮かび上がる。敵地では異例ともいえる胴上げ。だが、敵も味方もない。ヤフーBBスタジアムを埋めた2万9000人が、近鉄最後の日に心から拍手を送った。
「急にオレを囲むから、どつかれると思った。あの間はさすがに目頭が熱くなった。あの胴上げが本当に日本一の舞いならよかったんだけどね」
元近鉄の吉井、大島も加わった胴上げに梨田監督は声を震わせた。3度、宙に舞った選手会長の礒部も「近鉄はいいチーム。ああやって吉井さんたちが胴上げに入ってくれるチームカラーだったんですから」と話した。今季のパ・リーグ最終戦は、くしくも合併する近鉄とオリックスの試合。雨も上がり、大勢のファンが詰め掛け、普段とは違う雰囲気に包まれた。
「オリックスと最後にやるのは因縁なのかな。今年は命名権売却に始まり、鈴木コーチが亡くなったり、ストがあったり、本当にいろんなことがあった。選手は複雑だと思うが、ファンに感謝の気持ちを込めて素晴らしいプレーを見せたい」
71年のドラフトで2位指名を受けてから近鉄一筋。大阪ドーム最終戦の24日の西武戦では、涙を浮かべた指揮官も笑顔の采配に徹した。胸に「OSAKA」と入った黒いビジター用ユニホームを着た中村が、岩隈が、誰もが特別な気持ちだった。二回に鷹野が左翼席に先制弾を運ぶ。四回には北川も左越えソロ。敗れはしたが、いてまえ打線の意地と誇りを見せた。
2リーグ分立の50年にパ・リーグに加入。優勝争いに絡めずに「リーグのお荷物」と酷評された時期もあった。だが、野性的な選手をそろえ、豪快な野球は多くのファンの心をつかんだ。18歳の四番の土井正博がいた。草魂・鈴木啓示が投げた。酒豪の首位打者・永淵洋三にメジャー挑戦の道を開いた野茂英雄…。そして、今も語り継がれる88年の「10・19」。パ・リーグ発足から唯一、経営母体が変わらなかった老舗球団も時代の波には逆らえなかった。
試合後、梨田監督はロッカールームでナインを前に言った。「1年でも長くユニホームを着られるように頑張ってくれ」。4度のリーグ優勝はあったが、1度も日本一になることなく、55年の歴史が幕を閉じた。試合後はオリックスのナインと涙と感謝の抱擁が続いた。その光景は、再編問題に揺れた04年を象徴しているようでもあった。
≪青波有終快勝≫“ブルーウェーブ”としての最終戦は、3年連続最下位と今季も最悪のシーズンだったことをつかの間でも忘れさせるような快勝。試合後に胴上げされた伊原監督は「打つべきところで打ち、守るべきところで守ってくれた」と満足げ。この日は長くチームを支えてきた大島、三輪らのベテランも出場。第2打席で二塁打を放った大島は「今年1番の当たりだった。きょうがこのユニホームを着てプレーする最後。終わってしまったという感じ」と目に涙をためていた。
<仰木氏感慨深げ>オリックスと近鉄の統合後の新球団オリックス・バファローズの監督就任を要請されている仰木彬氏(69)がオリックス―近鉄をテレビ局のブースで観戦。かつて指揮を執った両軍の最後の試合に「静かに見守るつもりだったけど、だんだん胸に込み上げてくるものがあった」と感慨深げで、就任要請については受諾する意向をあらためて示していた。
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忘れませんよ、一生。。。↓
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2004年10月01日
| 「近鉄・その後1 」 |
「新球団は応援しません!」
合併後の球団<オリックスバファローズ>は近鉄バファローズではないので、応援しません!むしろ、近鉄バファローズの名前を勝手に使わないでほしい。大阪ドームは、いい球場だし、働く方の事もあるので、どんどん使ってください。ただ、近鉄バファローズはもう無いんです!使わないでください!もう合併じゃなくていいです!吸収でいいです。
社長たち、名前や球場を使えば近鉄ファンを取り込めると思ったんですか?ファンをなめないでください!!
さすがに、ファンの声を無視して合併を強行した人間の考えそうな事ですね。自分で捨てたモノを引っ張りださないでください。だったら捨てるな!!!
「アナウンサー」
個人的に何度も言っているんですが、最後まで「近鉄バッファローズ」と言っている人が多数いました。それも、有名TV局のアナウンサーや有名タレント、スポーツ選手の方々がです!
あげあしを取る気はありません。でも「近鉄バファローズ」なんです!
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合併後の球団<オリックスバファローズ>は近鉄バファローズではないので、応援しません!むしろ、近鉄バファローズの名前を勝手に使わないでほしい。大阪ドームは、いい球場だし、働く方の事もあるので、どんどん使ってください。ただ、近鉄バファローズはもう無いんです!使わないでください!もう合併じゃなくていいです!吸収でいいです。
社長たち、名前や球場を使えば近鉄ファンを取り込めると思ったんですか?ファンをなめないでください!!
さすがに、ファンの声を無視して合併を強行した人間の考えそうな事ですね。自分で捨てたモノを引っ張りださないでください。だったら捨てるな!!!
「アナウンサー」
個人的に何度も言っているんですが、最後まで「近鉄バッファローズ」と言っている人が多数いました。それも、有名TV局のアナウンサーや有名タレント、スポーツ選手の方々がです!
あげあしを取る気はありません。でも「近鉄バファローズ」なんです!
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せめてもの文句。そして↓
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2004年11月30日
| 「近鉄55年の歴史に幕 」 |
本当に、最後の、最後ですな・・・
球団消滅決定後も、日米野球で、近鉄のユニフォームが少し見られたりしていましたが、本当に最後か・・
今では楽天の選手が、まだ楽天のユニフォームが無い為に近鉄のヘルメットをつけているのを見て懐かしんだり、移籍情報で「近鉄の・・選手が・・」というのを見るだけでもなんとも言えない気分になっていた。これからは記事などからも「近鉄」というのが完全に消え、人々はだんだん忘れていくでしょう・・しかし俺は忘れません、俺は現在も「近鉄ファン」であります!
あと残っているのは現在、週刊少年チャンピオンで連載中の「ドカベン・スーパースターズ編」で、山田たちと戦っている近鉄だけです!!
球団消滅決定後も、日米野球で、近鉄のユニフォームが少し見られたりしていましたが、本当に最後か・・
今では楽天の選手が、まだ楽天のユニフォームが無い為に近鉄のヘルメットをつけているのを見て懐かしんだり、移籍情報で「近鉄の・・選手が・・」というのを見るだけでもなんとも言えない気分になっていた。これからは記事などからも「近鉄」というのが完全に消え、人々はだんだん忘れていくでしょう・・しかし俺は忘れません、俺は現在も「近鉄ファン」であります!
あと残っているのは現在、週刊少年チャンピオンで連載中の「ドカベン・スーパースターズ編」で、山田たちと戦っている近鉄だけです!!
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<記事>スポニチ
近鉄55年の歴史に幕
オリックスと合併した「大阪近鉄バファローズ」が30日、55年の歴史に幕を下ろした。
大阪市中央区の球団事務所では、歴代のユニホームや2001年のリーグ優勝旗が飾られていた棚が片付けられ、職員が資料などの整理に追われた。夕方には足高圭亮球団代表が職員を集めて「あしたからばらばらになるけど、それぞれの場所で実力を十分に発揮してほしい」とあいさつし、最後の日を締めくくった。
球団は「本日、プロ野球経営にかかわる営業権をオリックス野球クラブ株式会社に譲渡いたしました。新統合球団『オリックス・バファローズ』が大阪近鉄バファローズの伝統を引き継ぎ素晴らしいチームとなることを期待いたしております」とコメントを発表した。
親会社の近畿日本鉄道から出向している球団職員の大半は、12月1日付で新しい職場に移るという。球団事務所は来年三月をめどに残務整理を続ける予定。
また来年1月いっぱいで閉鎖する藤井寺球場ではこの日も、選手たちが練習を続けた。
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<記事>スポニチ
近鉄55年の歴史に幕
オリックスと合併した「大阪近鉄バファローズ」が30日、55年の歴史に幕を下ろした。
大阪市中央区の球団事務所では、歴代のユニホームや2001年のリーグ優勝旗が飾られていた棚が片付けられ、職員が資料などの整理に追われた。夕方には足高圭亮球団代表が職員を集めて「あしたからばらばらになるけど、それぞれの場所で実力を十分に発揮してほしい」とあいさつし、最後の日を締めくくった。
球団は「本日、プロ野球経営にかかわる営業権をオリックス野球クラブ株式会社に譲渡いたしました。新統合球団『オリックス・バファローズ』が大阪近鉄バファローズの伝統を引き継ぎ素晴らしいチームとなることを期待いたしております」とコメントを発表した。
親会社の近畿日本鉄道から出向している球団職員の大半は、12月1日付で新しい職場に移るという。球団事務所は来年三月をめどに残務整理を続ける予定。
また来年1月いっぱいで閉鎖する藤井寺球場ではこの日も、選手たちが練習を続けた。
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さらば近鉄!ヒー!
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» スローカーブを、もう一球 角川文庫 (5962) [読んだ本/読みたい本]
むしろ「江夏の21球」が掲載されているということで買う人が多いと思うし、 近鉄ファンだった俺にとってはもちろん重大な出来事なんだけれど、 物語としては「スローカーブを、もう一球」のほうが面白い。 山際淳司の雰囲気。... [続きを読む]
受信: 2005年10月28日 (金) 00時23分

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